静岡地方裁判所 昭和37年(行)4号 判決 1965年12月21日
原告
草野寛二
ほか三四一名
右原告ら訴訟代理人弁護士
芦田浩志
右同
大蔵敏彦
被告
静岡県
右代表者静岡県知事
斎藤寿夫
右訴訟代理人
堀家嘉郎
右同
室伏礼二
右指定代理人静岡県事務吏員
石田潔
ほか十名
主文
被告は、別紙請求認容一覧表≪省略≫記載の各原告に対し、それぞれ同表記載の各金員およびこれらに対する昭和三七年六月三〇日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。
右請求認容一覧表記載の原告らのうち、四、六、八、一七、二一、二五、二七ないし三二、三五、三八ないし四四、一〇二、一〇五ないし一五四、一五六ないし一五八、一六一ないし一六九、一七一ないし一八五、二三〇ないし二三六、二三八ないし二四三、二四五、二四六、二四八ないし、二五五、二九〇、三五六、三六〇、三六一、三六八、三六九、三八八、四〇三、四〇九、四一八、四二〇、四三〇、四三四、四三五、四三八、四四〇の各原告(以下第一グループの原告と称する)を除くその余の各原告(以下第二グループの原告と称する)のその余の請求および原告中道秀毅、同鈴木徳雄、同瀬川亘、同星野みを子、同野中ミサオ、同志村達男、同渡辺静子、同渡辺信作、同遠藤幸子、同馬野福夫、同星野偕也、同森田安蔵、同伊藤小枝子、同板倉しづ、同藤井隆、同関野俊明、同鈴木登、同藤本光江、同相原武松、同江田実、同石川晴代(以下第三グループの原告と称する)の各請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用中、第一グループの原告らと被告との間に生じた分は被告、第二グループの原告らと被告との間に生じた分はこれを二分し、その一を第二グループの原告ら、その余を被告、第三グループの原告らと被告との間に生じた分は第三グループの原告らの各負担とする。
事実
(請求の趣旨)
一、被告は、原告らに対しそれぞれ別紙債権目録≪省略≫債権額欄各記載の金員およびこれらに対する昭和三七年六月三〇日以降右各完済にいたるまで年五分の割合による各金員を支払うこと。
二、訴訟費用は、被告の負担とする。との判決、ならびに、仮執行の宣言を求める。
(請求の原因)
一、原告らは、別紙原告目録≪省略≫記載の各学校に勤務する静岡県立学校教職員であり、被告静岡県からそれぞれ別紙「超過勤務手当明細表」記載の各給料(本俸、暫定手当、調整額)を支給されているものである。
二、静岡県においては、職員の正規の勤務時間は、「職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例「(昭和二八年三月二四日条例第三二号)(以下「勤務時間条例」と略称する)第二条、「職員の勤務時間、休日、休暇等に関する規則」(昭和二八年四月一日人事委員会規則一三一)(以下「勤務時間規則」と略称する)第二条第一、二項により一週間につき四四時間とされ、勤務時間の割振は、月曜日から金曜日までは午前八時一五分から午後五時までとし、土曜日は午前八時一五分から午後零時一五分までと定められている。
三、原告らは、昭和三四年六月一日から昭和三六年五月三一日までの間に別紙「超過勤務手当明細表」≪省略≫記載の日時にそれぞれ所属学校長の指示により職員会議に出席して同表記載の終了時刻まで勤務し、もつて前記の正規の勤務時間を超えて同表記載の各時間いわゆる時間外勤務をした。
職員会議は、学校の民主的、かつ、能率的な運営を図り、教職員の集団の協議、共同的実践により学校教育の基本方針、教育課程の編成、生徒の入退学等その他校務処理上全般にわたる事項のほか学校予算、PTAに関すること等も審議されるのであるから原告らが学校教育をなすためには職員会議は必要不可欠のものであり、それに出席し議事に参加することは、原告らの職務上の義務の一部である。
四、そこで被告は、原告らの右時間外勤務に対し労働基準法第三七条、同法施行規則第一九条第一項第一号、「静岡県教職員の給与に関する条例」(昭和三一年九月二八日条例五二号)(以下「給与条例」と略称する)第一五条、第一八条、職員の給与に関する規則(昭和三二年九月一四日人事委員会規則七―二五)(以下「給与規則」と略称する)第二八条第二項により、時間外勤務一時間について
の割合による時間外勤務手当を支払う義務がある。
しかるに、被告は、これが支払をしないので、原告らは被告に対し右の割合で計算したそれぞれの各時間外勤務手当、すなわち、別紙債権目録記載の各金額およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三七年六月三〇日以降右各完済にいたるまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の申立)
一、原告らの請求は、いずれも棄却する。
二、訴訟費用は、原告らの負担とする。
(請求の原因に対する答弁)
一、請求の原因第一項の事実は認める。
二、同第二項の事実は認める。
三、同第三項の事実中、原告らがそれぞれその主張の如き職員会議に出席したことは不知、原告らがその主張の如きいわゆる時間外勤務をなしたことは否認する。
四、同第四項は否認する。但し、時間外勤務手当の額が原告主張の如き法規によりその主張の如き割合によつて計算されることおよび原告ら請求額算出の計算関係のみは認める。
(被告の主張)
原告らは、その主張の日時に職員会議に列席したことをもつて時間外勤務をなしたと主張し、これに対する手当の支払を要求するが、たとえ原告らがその主張の如く校長の指示により職員会議に列席したとしても、これに対し手当を支払うことはできない。その理由はつぎのとおりである。
一、地方公務員に対する給与、手当等の給付は、すべて法律又はこれに基く条例の定めるところに従つて支給されなければならず、法令で定められた以外の場合にこれを支給することは、法律の禁止するところである(地方自治法第二〇四条、第二〇四条の二)。そして、静岡県においては、教職員の時間外勤務手当に関し、「給与条例」第一五条は、「正規の勤務時間をこえて勤務することを命ぜられた職員には、…………を時間外勤務手当として支給する。」と規定し、同条例の実施に関して必要な事項を定めた「給与規則」第二七条第一項は時間外勤務手当は、「時間外勤務命令簿により勤務を命ぜられた職員に対し実際に勤務した時間を基礎として支給するとし、時間外勤務命令簿の様式は同規則別表第九に規定されている。そして時間外勤務手当の基礎となる時間外勤務については、「勤務時間条例」第八条第二項により「県教育委員会がとくに定める場合に限りこれを命ずることができる」と定められている。しかるに、原告らの主張する勤務に関しては、右のような様式をそなえた時間外勤務命令簿に基く命令のないことは勿論、命令権者たる県教育委員会は、いかなる形式においても原告らに対しその主張するような時間外勤務を命じたことはない。すなわち、原告らの主張する勤務は、前記各法条所定の要件をそなえていないから、法律上の意味における時間外勤務ではない。
二、原告らは、校長の指示、命令により時間外勤務をなした旨主張するけれども、学校長には教育委員会の命令ないし指令に従う義務があるところ、静岡県においては、前項の如き制限を学校長に課しており、例外的に入学者選抜学力検査事務に関してのみ教職員に時間外勤務を命ずる方針をとり、各学校長に右事務に関しては教職員に対し時間外勤務を命ずる権限は委任しているが、それ以外の場合に時間外勤務を命ずる権限を委任したことはない。このことは、原告らにおいてもつとに了知していたところである。したがつて、学校長には原告主張の如き時間外勤務を命ずる権限はなく、その指示は権限のない行政機関の行為であつて無効であるから、たとえ校長の指示にしたがつてその主張のような勤務をしたとしても、かかる指示、命令に基く勤務に対しは手当請求権を生じない。
三、原告は、労働基準法第三七条を根拠として時間外勤務手当の支払を求めているが、同法は私法であるから公法たる地方自治法および地方公務員法が優先する効力をもつものと解すべきところ地方公務員法第二四条第六項の規定は、「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は条例で定める」旨規定し「地方教育行政の組織および運営に関する法律第四二条」は、「県費負担教職員の給与、勤務時間その他の勤務条件については、地方公務員法第二四条第六項の規定により条例で定めるものとされている事項は都道府県の条例で定める」旨規定しているから、県費負担教職員に該当する原告らは、その時間外勤務手当は静岡県の条例に基いてのみ請求すべきものである。しかして地方公共団体は法令によつて経費支出の義務を負うが、その経費はすべて予算に計上されねばならない(地方自治法第二一〇条、第二三二条の三)ところ、義務教育費国庫負担法第二条および市町村立学校職員給与負担法第一条は、時間外勤務手当については、事務職員についてのみ国庫負担および県費負担を認め、これと軌を一にして地方交付税法において国が都道府県の経費の測定単位および単位費用を決定するに当つても、教育費の中の「時間外勤務手当」は事務職員についてのみ計上されているが、県立高等学校教職員については全然計上されていないのであつて、静岡県においても、入学試験事務のごとき特殊の例外を除き、教職員に対する時間外勤務手当を支給しない建前で「給与条例」および「勤務時間条例」が制定されているのである。これは教職員の勤務の特殊性に基き昭和二三年六月の給与ベース切替の際その給与額が一般職員より一割程度増額された沿革上の理由にもとずくもので、ひとり静岡県にとどまらず、全国共通の取扱いである。すなわち、原告ら主張の如き時間外勤務手当は、地方財政制度上からもこれを支払うべき余地はないのである。
四、「勤務時間規則」第二条に定める「午前八時一五分」、「午後五時〇〇分」、「午後零時一五分」等の文言は、勤務時間の始期および終期についての基準とすべき時刻を示すにとどまり、一分刻みの正確な時刻を規定したものと解すべきではない。勤務時間の始期および終期は、父兄の職業、教職員の通勤状態等をかんあんして学校長が学校ごとに決定し、教育委員会の監督に服しているである。「勤務時間条例」「勤務時間規則」の運用上たまたま特定の日の勤務時間が八時間を超過することがあつた場合には当該職員につき翌日または前日の勤務時間を短縮してその埋合わせをしているもので、各学校とも午後四時を基準として教職員の任意退出を認めているため、大部分の日の勤務時間は八時間に充たないし、生徒の休む夏休、冬休、春休の期間中には勤務時間および勤務の態様についてきわめてゆるやかな取扱が行われているのである。「勤務時間条例」第八条第一項に定める「正規の勤務時間」とは、同条例第二条第一項の定める「正規の勤務時間は、一週間について四〇時間を下らず四八時間をこえない範囲云々」に対応するものであつて、その意味するところは勤務時間数であつてその始期又は終期を意味するものではない。したがつて、単に「始期より前の時間」ないし「終期より後の時間」に勤務に服した事実があることのみをもつて、直ちに同条例第八条所定の時間外勤務があつたとするのは失当である。原告らの主張する時間外勤務が「一週間について四八時間をこえた勤務」(同条例第二条第一項)、「月曜日から金曜日までは一日八時間をこえ、土曜日は一日四時間をこえた勤務でしかも接着した日にその埋合わせがなされていない勤務」(同規則第二条)に当るかどうかについては、何らの主張、立証もないし、却つて原告らの各々の実働時間は一日につき八時間に満たなかつたものであるから、右条例第八条にいうところの時間外勤務の実態をそなえた勤務ということはできない。
五、仮りに、原告ら主張の勤務が時間外勤務であると認められるとしても、本件の如き原告ら教職員の時間外勤務に対しては、「時間外勤務手当を支払わない」ないしは「時間外勤務手当は請求しない」旨の事実たる慣習があつたものである。すなわち、原告ら教職員が、入学試験の採点等の特殊な場合を除いて、通常の勤務において勤務時間後学校に居残つて仕事をしてもこれに対して時間外手当が支給されないこと全国共通の取扱いであつて、国の作成する各年度の地方財政計画には教職員の時間外勤務手当の財源は計上されず、静岡県の予算についても同様に計上されないことは、原告らの熟知するところであり、校長および原告らは、ともに戦後引つづき行われてきたところの時間外勤務手当を請求ないし支給しないやり方(慣習)で職員会議等を開催してきたものであつて、本件請求にかかる時間外勤務についてのみ特に右のやり方(慣習)に従わない旨の趣旨であつたと認めることはできない。しかして、時間外勤務手当は、附随的、臨時的性質のものであるから、その放棄を認めても、公務員の職務専念義務を破壊し公益を害するにいたるおそれは全くなく、また私法の通則的規定が公法関係においても次第に適用の範囲を拡張されているのであるから、民法の法律行為の解釈に関する同法第二条の法理が行政行為の解釈についても類推通用されるべきである。したがつて原告らは、右事実たる慣習に従つてその主張の如き時間外勤務手当請求はこれを有しないのである。
六、仮りに、原告ら主張の時間外勤務手当請求権が存したとしてもその消滅時効期間は二年であるから、昭和三五年四月三〇日以前の勤務に対する時間外勤務手当請求権は時効によつて消滅している。
原告ら地方公務員は、労働基準法第八条第一二号の「教育の事業」に従事するものであり、その給与、勤務時間その他の勤務条件については労働基準法が適用される(但し、地方公務員法第五八条第二項所定の規定を除く)ところ、同法第一一五条は賃金災害補償その他の請求権は二年間これを行わない場合においては時効によつて消滅する旨規定している。そして、原告ら主張の時間外勤務手当は同法第一一条にいう「手当」であり、同法第一一五条の「賃金」に該当するから原告主張の債権のうちその支払日が本件訴提起の日(昭和三七年六月二〇日)より二年前であるものはすでに時効によつて消滅していることになる。しかるところ、静岡県では「時間外勤務手当は、その月分を翌月に支給する」(「給与規則」第二七条第三項)ことになつているから、昭和三五年五月末日までを支払期とするもの、すなわち昭和三五年四月三〇日以前の勤務に対する時間外勤務手当請求権は時効によつて消滅しているのである。なお、公法上の債権は、当事者の採用をまつまでもなく、その時効期間の満了により当然消滅することは学説判例の一致した見解である。
(被告の右主張に対する原告らの反論)≪省略≫
(証拠)≪省略≫
理由
一、原告主張の請求の原因一、二項の事実は、当事者に争いのないところである。
五、<証拠>を総合すると、つぎの事実が認められる。
原告らの勤務する各学校においては、校長が学校の運営を円滑に実施する目的のもとに教職員会議がもたれ、定例もしくは必要の都度、月一、二回から多いときは四、五回も開かれていること、右会議の開かれる日時、場所は予め校長の指示により口頭もしくは黒板等に掲示する等の方法で職員に伝達され、特に止むを得ない者のほかは全部の教職員(特に必要がある場合は事務職員も加わる)が出席すべきものとされていること、右職員会議においては、校長が教育委員会の指示事項や校長会の結果必要な事項の伝達をしたり、校長の教育方針を理解徹底させる等のことがなされるほか、学校の教育方針、教育活動の問題、生徒の懲戒、入退学者の決定、学期末成績の評価、文化祭体育祭等の行事の施行に関することからPTAの予算、教職員の親睦に関する事項についてまで学校運営の全般の問題について審議され、校長においてその結果を参考にして学校運営の計画を立て、かつ、これを実行して行く建前であること、会議の司会には教頭、教務主任、あるいは輪番制で各教職員自身が当り、おおむね平日は放課後の午後三時過ぎ頃から開始され、勤務時間の午後五時までには終了する例であるが、特に必要があつて勤務時間内に審議が終らないときは、そのまま勤務時間後も引続き続行せられ、また学校によつては、勤務を要しない土曜日の午後に行われることもあること、右会議の審議事項は記録係職員が当番制で職員会議録に記載され、校長において認印の上、欠席教職員に回覧させるほか、教頭、教務主任等において記載する校務日誌、教務日誌等にその会議の開始、終了時刻、欠席者の有無、審議事項等が記載されており、これらの記載によれば、原告らは各勤務先の学校においてそれぞれ別紙時間外勤務手当明細表記載の各日時に開催された職員会議に出席し、終業時刻から引続き同表記載の加き終了時刻まで審議に参加していること(但し、職員会議の開始時刻について榛原高校における昭和三四年八月一日(土)の分は同日午後一時一五分に、昭和三五年三月一二日(土)の分は同日午後零時三〇分に、同月一九日(土)の分は同日午後二時一五分に、同年四月一六日(土)の分は同日午後一時に、昭和三六年三月一八日(土)の分は同日午後一時三〇分に、浜松盲学校における昭和三五年四月二三日(土)の分は同日午後一時に、気賀高校における昭和三六年二月一一日(土)の分は同日午後一時四五分にそれぞれ開始せられており、かつ、右気賀高校同日分の終了時刻は明らかでない)。
以上の事実を認めることができる。被告は正規の勤務時間外に行われた職員会議に原告らが参加したのはすべて自発的になされたもので校長の指示に基づくものではない旨抗争するけれども証人原沢佐源太、同天野鈴雄の各証言によるも職員会議が勤務時間内に終らなかつた場合出席者の諒解を得て勤務時間を超えこれを続行する事例のあることが認められるに止まり本件各職員会議の場合に原告らがすべて自発的に参加したと認めるには十分でない。他に被告の主張を認めて前記認定を動かすに足りる証拠はない。
しかして前掲各証拠によれば職員会議は、法規上の制度として各学校に設置されなければならないものとはされていないけれども学校教育の特殊性にもとづき、各学校ごとに戦前から自然発生的に生れた事実上の制度であつて、その運営の方法は各学校によつて多少の相違はあるが、教職員がこれに参加することは、その本来の職務である生徒に対する教育活動そのものとはいい得ないにしてもこれによつて校務を掌理する学校長の教育方針を知り、またその教育計画に各自の意思を反映させ、もつて学校教育の向上を計り学校全体としての教育活動が一貫して、かつ、円滑に行われる作用を有するものと認められるから、かような職員会議が勤務時間中に行われる場合はもちろん、これを超えて、あるいは、正規の勤務時間以外の時間に行われる場合であつても、原告らがこれに参加することはその教職員たるの職務の一部に属することは疑いのないところといわなければならない。
しかして、校長は校務を掌り、所属職員を監督する権限を有する(学校教育法第五一条、第二八条第三項)のであるから、原告ら教職員はその勤務につき各所属学校長の指示、命令に服従する義務があり、したがつて前記認定の原告らの各職員会議への参加が各所属学校長の指示にもとづくものである限り、これを時間外勤務といわざるを得ない。
三、そこで、原告らのかような時間外勤務に対して割増賃金の支払請求権があるかどうかについて検討を加えることとする。
公務員のいわゆる他律的労働関係については、戦前の官吏が無定量の職務忠実義務を負担したのに対し、戦後は一般の労働者と同様に勤務時間の観念が認められ、公務員としての職務専念義務も右勤務時間内に限定されるものである(国家公務員法第一〇一条、地方公務員法第三五条)ことは周知のとおりであるが、原告ら地方公務員(原告ら公立学校の教職員が地方公務員たる身分を有することは、教育公務員特例法第三条の明定するところである)については、その給与、勤務時間その他の勤務条件は条例で定める(地方公務員法第二四条)こととされ、これをうけて静岡県においては前記一、に認定したように職員の正規の勤務時間は一週間につき四四時間と定められ、かつ、その勤務時間の割振も定められているのである。しかして地方公務員法第五八条によれば、特別の除外規定を除き労働基準法は原則として地方公務員にも適用があるものとされているから、同法第四章の諸規定も原告らに適用があるものというべきところ、同法第三七条によれば、使用者が同法第三三条、第三六条の規定によつて時間外労働をさせた場合は通常の賃金の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならないとされ、これに対応して静岡県においても「給与条例」第一五条において「正規の勤務時間を超えて勤務することを命ぜられた職員には、正規の勤務時間をこえて勤務した全時間に対して、勤務一時間につき第一八条に規定する勤務一時間当りの給与額の百分の百二十五(その勤務が午後十時から翌日の午前五時までの間である場合は、百分の百五十)を時間外勤務手当として支給する。」と定められているのであり、この条文にいうところの「正規の勤務時間」とは、「勤務時間条例」第二条に定めるところにより人事委員会が定めた前記認定の各週日に割振られた一週につき四四時間(「勤務時間規則」第二条)を指すことは明らかかといわなければならない。(もつとも、「勤務時間条例」第二条第三項によれば、「職員の勤務条件の特殊性により前二項の規定により難いものがある場合においては、任命権者は、人事委員会の承認を得て別の定をすることができる」とされているけれども、原告ら教職員についてかかる定がなされている事実は認められないから、結局前記勤務時間制によるほかはないのである)。
ところで、原告ら教職員の勤務する学校は、労働基準法第八条第一二号に掲げた教育の事業に該当するから、同法第三三条第三項の適用はなく、原告ら教職員について時間外勤務を命じ得るのは同法条第一項の場合、すなわち災害その他避けることのできない事由によつて臨時の必要がある場合行政官庁(地方公務員法第五八条第三項によつて人事委員会とされる)の許可を受けて行う以外にないのであるから、原告らの勤務する各学校においてそれぞれ職員会議を勤務時間外に臨時に開催する必要があるというような理由では、学校長が所属教職員に対し時間外勤務を命じ得ないものというべく、このところは、静岡県においても、その「勤務時間条例」第八条が、その第一項において一般職員については、臨時に必要があるときは、任免権者が職員に対して時間外勤務を命ずることができるとされているのに対しその第二項においては、原告ら教職員については県教育委員会が特に定める場合に限りこれを命ずることができると定められているが、県教育委員会が一般的に教職員に対し時間外勤務を命じ得る場合を定めた規定は存せず、一方<証拠>によつても窺われるように、高等学校入学考査費として教職員の時間外勤務手当が若干を認められているほかは、一般に教職員の時間外勤務手当は県の予算にも計上されていないことに対応するのである。かくして、静岡県においては原告ら教職員の任免権者であり、かつ、時間外勤務命令権者である県教育委員会は、各学校長に対し前記入学考査の場合以外は時間外勤務を命ずる権限を委ねているものとは解せられないから、結局、原告らは、各所属学校長の権限にもとづかざる違法な時間外勤務命令によつて時間外勤務をなしたものといわざるを得ない。なお、「給与規則」第二七条には、時間外勤務手当は時間外勤務命令簿により勤務を命ぜられた職員に対し実際に勤務した時間を基礎として支給する、と定められ、時間外勤務命令簿の様式も別に定められているところ、本件原告らの時間外勤務がかような時間外勤務命令簿に記載されていないことは明らかであるけれども、右命令簿は時間外勤務命令の有無と、これにもとづいてなされた時間外勤務の内容を明確にし、もつてその手当の支給に遺漏のないようにするために定められたものであることは、前記「給与規則」の立法趣旨に照らしても明白であつて、この命令簿に記載がないからといつて時間外勤務の事実を否定することは許されないものと解するのが相当である。
そこで、かような学校長の違法の時間外勤務命令によつて時間外勤務をなした原告ら教職員についても時間外勤務手当請求権が認められるかどうかについて考えてみるのに、一般に学校教育に従事する原告ら教職員の職務は、その主たる内容が生徒に対する教育活動であつて、他の職種の如く労働時間をもつてこれを計ることが困難である特殊性を有することは、これを否定し得ないところであつて、前述のように教職員に対しては、県教育委員会が特に定める場合でなければ時間外勤務を命じられない建前になつているのもこれに基因するのであるが、だからといつて、原告ら教職員の職務の性質上当然に時間外勤務の観念を否定しなければならないということはない(前記「給与条例」もかような場合のあることを予定して時間外勤務手当に関する規定を置いている)のであるから、原告ら教職員を監督する権限を有する各学校長において原告らに対し明示、もしくは、黙示によつて正規の勤務時間を超えて、あるいは、正規の勤務時間外に職員会議を開催することによつて原告らにその勤務を命じた場合、右指示、命令がなされた当時客観的に法規に反し明白に無効なものであるとまではいい得ない以上、原告らは、上司の職務上の命令としてこれに服従しなければならないものと解すべきが当然である。しかして、原告ら地方公務員についてもその時間外勤務手当の基準法として適用のある労働基準法第三七条の規定は、使用者が同法第三三条もしくは同法第三六条の規定によつて労働者に時間外勤務をさせた場合、通常賃金の二割五分増しの賃金を支払うべきことを定めたものであつて、右規定によらない違法な時間外勤務に対しては増割賃金の支払義務がないものと解すべき余地もないではないが、同法条の立法趣旨が使用者に対し時間外勤務に対する割増賃金の支払を強制することによつて間接に労働に対する一日八時間、週四八時間の労働時間制が守られることを保証する点にあることを考えるならば、かような違法な時間外勤務に対してなお一層強い理由で時間外勤務手当の請求権が認められなければならないものと解するのが相当であり、この理は静岡県における前記「給与条例」第一五条の解釈についてもおし及ぼされるべきもので、そう解しても何ら教育公務員の労働の特殊性に背反するものではないというべきである。かように解しないで、学校長の違法な時間外勤務命令によつてなされた教職員の時間外勤務に対して手当請求権がないと解するならば、権力服従関係にある原告らとしてはかかる学校長の指示、命令にも従わざるを得ず、教職員に対する勤務時間制は有名無実と化し、種々の弊害を招来するおそれなしとしないのである。
被告はさらに地方公共団体の経費はすべて予算に計上されねばならないところ静岡県においては入学試験事務の場合を除き県立高等学校教職員の時間外勤務手当について予算を組んでおらず制度上これを支給しえない旨主張し、成立に争いない乙第一ないし第四号証および証人原沢佐源太、同天野鈴雄、同芦沢晴夫の各証言を総合すると文部省の方針として教職員に対しては原則として超過勤務を命じないようとの通達があり、静岡県においても教職員に対する時間外勤務手当については入学試験事務を除きとくに財源措置はしていない事実が認められるけれども法令上教職員を他の一般公務員と異なる取扱を命じたことは認められない(参照昭和二三年法律第七五号裁判官の報酬等に関する法律第九条但書)のであるから財源措置を講じてないからといつて地方公共団体としてその負担すべき手当の支給を拒みえないことは勿論である。
四、被告は、原告らが正規の勤務時間外になした勤務に対しては、翌日または前日の勤務時間を短縮して埋合わせをしているから、一日八時間、一週間四八時間の労働時間を超過した事実はなく、したがつて時間外勤務手当支払義務はない旨主張するけれども、前記認定のように、原告ら教職員について労働基準法第三二条第二項に規定するいわゆる変形八時間労働制がとられているものと解すべき法規は見当らず、ただ県教育委員会は、前記一、に認定した勤務時間の割振について、職員の勤務条件の特殊性により右の割振により難い場合には、人事委員会の承認を得て別の定をすることができるとされている(「時間条例」第二条第三項)に止まるところ、現在静岡県においては、かかる規定にもとづき原告ら教職員に対し人事委員会の承認を得た上で別の定をしている事実は何ら認められないのであるから、結局において原告ら教職員の正規の勤務時間の割振は、前記一、に認定した「時間規則」の定めるところによるほかはないのであつて、右正規の勤務時間以外の勤務はすべて、「給与条例」「時間条例」で定めるろころの勤務時間外勤務であるといわざるを得ないのである。もつとも、前掲各証言および原告ら各本人尋問の結果によれば、原告ら教職員の終業時刻は前記のとおり午後五時とされていても、実際は各学校長によつて多少寛厳の差はあるがおおむね午後四時頃を過ぎると用事のない者は適宜帰宅を妨げない取扱いであることが認められる。
しかしながら、教職員の職務は必ずしも学校内ばかりでなく、学校外でも行いうるし、特に教育公務員特例法第二〇条により本属長の承認を得て勤務場所を離れて研修を行なうこともできると定められていて、勤務時間中における自宅研修も勤務として認められていることなどからすると、勤務時間内に帰宅を妨げない取扱いがなされたからといつて、直ちに勤務時間が短縮されたものと断定できない。
ところで、各学校長による原告ら教職員の勤務時間に関する前記のようなゆるやかな取扱いが以後勤務を要しない時間とするためになされたもので、これをもつて原告らの本件各時間外勤務に対応する勤務時間の振替が行われた事実についてはこれを認めるに足りる証拠がないのであるからこの点の被告の主張は採用しがたい。
五、つぎに被告は、本件の如き原告ら教職員の時間外勤務に対しは「時間外勤務手当を支払わない」ないしは「時間外勤務手当は請求しない」旨の事実たる慣習があつた旨主張するので、この点について考えるのに、前記認定のように各学校において行われている職員会議は戦前から事実上認められてきた制度であるところ前掲各証拠によれば、右職員会議が勤務時間外に及ぶ場合であつても、これに参加した教職員に対する時間外勤務手当は予算にも計上されず、したがつて現実にこれが支給のなされたこともないのに拘わらず、原告らにおいて各学校長の指示に従つて前記認定の如き勤務時間外に及ぶ職員会議に参加してきた事実が認められる。しかしながら、戦後労働基準法が制定され労働者の労働時間は一日八時間、一週四八時間が原則とされ、例外的に認められる時間外労働に対しては賃金の二割五分以上の率で計算した割増賃金の支払義務が使用者に強制されるにいたり、原告ら地方公務員について右規定の適用を受けるものとされているのであるから、時間外勤務手当を支払うかどうかは公の秩序に関する事項であつて、当事者の任意処分を許されない領域に属するものというべくしたがつて、かりに前記認定の事実をもつて被告主張の如き慣習ある場合にあたるとしても、その効力を有せざるものというほかはない。この点の被告の主張も理由がない。
六、最後に被告の主張する時効の抗弁について判断する。
前記のように、地方公務員法第五八条第二項によれば、原告ら教職員を含む一般職の地方公務員に対し適用除外をしている規定を除いては労働基準法が原則として適用されるものと解されるから、賃金等の時効に関する同法第一一五条もまた、原告らに対し適用されるものというべきところ、原告らが本訴で請求する時間外勤務手当は労働の対価として支払われるべきものであるから同法第一一条によつて賃金に該当し、同法第一一五条により二年間これを行わないときは時効により消滅するものと解するのが相当である。なお、地方自治法第二三三条には「普通地方公共団体の支払金の時効については、政府の支払金の時効による。」とあり会計法第三〇条は「金銭の給付を目的とする国の権利で、時効に関し他の法律に規定がないものは、五年間これを行わないときは時効により消滅する。国に対する権利で金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。」と規定されているけれども、右法条にいう「他の法律」とは、私法、公法を問わず会計法以外の他の一切の法律を指し、時効に関し他の法律に規定のある場合には、同法条の適用を排除するものであるから、本件のように労働基準法の時効に関する規定の適用があるとされる場合は、右会計法規の適用が排除されるものといわなければならない。
そこで原告らが本訴で請求する時間外勤務手当のうち、支払日が本件訴の提起日であること記録上明らかな昭和三七年六月二〇日より二年前であるものはすでに時効によつて消滅していることになるところ、静岡県では、「給与規則」第二七条第三項により「時間外勤務手当は、その月分を翌月に支給する。」とされているから、昭和三五年五月末日までを支払期とするもの、すなわち同年四月三〇日以前の勤務に対する時間外勤務手当請求権は時効によつて消滅しているものといわなければならない。
七、以上の次第で、原告らの本訴各請求のうち、昭和三五年五月一日以降の前記二、に認定の時間外勤務に対し、当事者間に争いがない原告らの各給料額を基礎として、静岡県教職員に対する時間外勤務手当額の算出方法(原告主張の請求原因第四項記載の計算方法であることは被告の争わないところである)によつて算出した別紙「時間外勤務手当明細表」備考欄記載の各金額(その各原告についての合計額は別紙請求認容一覧表記載のとおり)と、これに対する支払期到来後の昭和三七年六月三〇日以降各完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分については理由があるからこれを認容することとし、その余は失当としてこれを棄却することとし、仮執行の宣言についてはこれを付さないのが相当であると認め、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。(大島斐雄 高橋久雄 牧山市治)
原告目録<省略>
超過勤務手当明細表<省略>